吉田秀和「音楽展望」

水曜日  晴れ。
今日も暑し。雨も降らぬ。
久しぶりに吉田秀和が「音楽展望」を寄稿していた。早速読んだ。びっくりした。吉田はウィーンに行ってきたのだそうだ。それもミュンヘンからザルツブルグ経由の列車で。飛行機でウィーンに入るより、ゆっくり車窓の景色を楽しみながら行く方が好きなのだという。いいなァ。そうだと思う。ウィーンの宿は「リング通りに面した、裏口に出れば楽友協会へ通りひとつまたいで入れる」ところ、というからインペリアルホテルに違いない。ロビーに出たらピアニストのブレンデルが今ここを通って楽友協会へ行ったと言われたと書いているが、この日はブレンデルの引退記念のリサイタルだったのだ。ブレンデルは77歳、彼も引退か、と言われると自分にも何か感慨がある。吉田はこのブレンデルは聴かず、翌日のポリーニの独奏会を聴き、磨きたてられた美しい音の一杯つまったすきのない名演をきいて感動、おかげで宿に帰って熟睡出来た、と羨ましいことを書いているが、文章の主題はポリーニではなくてブレンデル。吉田は、ブレンデルの音楽は、律儀に曲の構造と性格を浮かび上がらせる演奏で立派だが、なにか飽和した感じでこのところ敬遠していてそうだが、ウィーンから帰国して、ブレンデルのCDをいくつか聴く中に、ポリーニの大理石のような艶光りのする音の美にくらべ、ブレンデルのピアノにはベートーベンの音楽の懐の深さを味わえる薄墨色の形態美がある、ただ行儀がいいだけでなく、ブレンデルでなければならない音がそこで鳴っているのを知ったと書き、私は今になってやっとそこに気がついた、とこの文章を結んででいる。
今になってというが、吉田はたしか93〜4歳のはずである。サポーターがいるにしても、ウィ−ンまでピアノを聴きに出かけるその行動力と、音楽の深みに自然ににひたる精神の若々しさと前向きの情熱、そして衰えのない文章の表現力には脱帽せざるをえない。自分には90歳を過ぎてウィーンに行けるだけの生命力があるだろうか?驚嘆の限りである。