バッハ マタイ受難曲

水曜日  午前晴れ。 夕方から雨。

 やや気温低し。春だが天候が安定しない。気温の低さは2月までの暖冬がウソのよう。
 スイスのテノール歌手 エルンスト ヘフリガーが3月に亡くなって1ケ月、このブログには、87才天寿というべきか と一言、味もそっ気もないことしか書いていないのがなんとも心苦しい。そこで・・・・・・・。

 ヘフリガーと言えば、誰でも必ず語るのは、マタイ受難曲での福音史家の名唱である。1958年の収録だが、以来50年 ヘフリガーはこの歌唱で、マタイ受難曲福音史家の代名詞になっいる。ヘフリガーの訃報に接して彼の福音史家を聴きたくなったが、長大な曲を聴き通すかまえに時間がかかり、没後1ケ月にしてやっと全曲を聴くことが出来た。


    カールリヒター指揮 ミュンヘンバッハ合唱団
福音史家 エルンスト ヘフリガー



   


半世紀前のモノラルだが音はいいし、迫力十分。ヘフリガーは澄み切った輝かしいテノールの語りで、自分がドイツ語を聞く耳を持っていたら、ヘフリガーの良さがもっともっと理解出来るのではないかと実感した。合唱は名だたるミュンヘンバッハ合唱団、コラールの美しさは心が洗われる思いがする。何度か調性を変えて繰り返されるこのコラールは、歌ってみたい気分に誘われる曲だ。

 マタイ受難曲をもう一つ。小澤征爾指揮 サイトウキネン 1997年の演奏会の録画。

丁度10年前に記録だが、これは 初めて聴いた時も感じたが、まさに感動的な演奏
である。合唱は東京オペラシンガース、松本児童合唱団。全曲暗譜である。大変な打ち込みようだったことがわかる。勿論、小澤も暗譜。
福音史家は知らない人だが、きれいなテノールで語っていた。この詠唱が字幕で出るので福音史家の役割がよくわかる。福音書のキリスト受難の章を読み上げながら、イエス
ペテロ、ユダなどの役に歌唱をわたしてゆくという全曲の柱となる大事な役をになっているのだ。実演のステージでは字幕が出るのだろうか?イエス役はトーマスケアスフ、堂々たるバリトンだ。この人はサイトウキネンの、バッハ ミサ曲ロ短調の公演の時も来日していた。彼は身体障害者でもある。立派だ。
合唱はよく訓練され見事、日本のコーラスもここまで来たか!と思わせるくらい。長大な曲を締めくくる終末のあの大合唱は、オケ、独唱者、合唱団が一つになって壮大に歌い上げ、自分も聴衆として、この曲の演奏の中に入り込んでいる一体感を覚えることが出来た。このマタイは、日本で演奏された最も優れたものであろう。小澤ーサイトウキネンの演奏の中でも、特筆すべき記念碑的なものではないかと思う。
武満徹は、無人島に流される時はマタイ受難曲だけは持って行きたいと言っていたそうだが、よくわかる。マタイ受難曲は世界人類の宝なのです。