文化の日?

水曜日  快晴
「文化の日」! 今日は「晴れ」の特異日、やはり朝から爽やかな快晴。動かざるべからず、例の如くのんびり遅い朝食をすませてから、神武寺→鷹取山のハイキングコースへ。20年ぶりくらいか?
馴れているコースと考えていたが、寺の境内まではともかく、そこから先の鷹取山までの山道は石と岩が多い登り道で、20年前は別に気にすることもなく歩いていたのがウソのよう。アルペン用の杖は持っていたが、摑まるものの無い石と岩の上り下りに往生した。家族連れでハイキングに来ている人達がスタスタと歩いているのを見ると、我老いたり を実感した。
岩登りのメッカ鷹取山はザイルを持って岩壁に挑戦している人が一杯、しかも比較的年配の女性が多い。前はこんなことはなかった。日本はお転婆オバサンの天下になってきたらしい。


秋は音楽コンクールの季節でもある。全日本合唱コンクールと同じく吹奏楽の全日本コンクールが同じころ行われ、結果が新聞記事になる。気になっているのは、「合唱」と「吹奏楽」では同じコンクールの結果発表でありながら、ここ何年も記事の書き方がまるで違うことだ。
端的にいうと、「合唱」はコンクールの結果をそのまま並べただけ。「吹奏楽」は結果だけでなく、どんな曲をどの様に演奏して聴衆の反応がどうだったかを、金賞の団体だけでなく、銀賞,銅賞の団体まで丁寧に紹介している。だからこの記事を読むとその演奏を聴いてみたくなる。(吉田純子記者)「合唱」は演奏についての評がないから無記名。何故なのか?以下は独断と偏見。

それは参加団体が演奏する曲目にある。「吹奏楽」は「こうもり」シューマンの「謝肉祭」グリエールのバレー音楽「青銅の騎士」などを吹奏楽にアレンジしたもので、曲目に馴染みがある。ところが、合唱は出演団体に女声合唱団が多いが、女声合唱曲にはオリジナルな古典が殆んどないので、演奏には日本人の新曲かアレンジものがとりあげられる。だからこれらの合唱曲は馴染みがなく、聴いていても面白くない。歌うひとは一所懸命なのだが聴く人には共感を呼ばない。だからコンクールの紹介、批評をしようにも評価が出来ないのだ。合唱曲は混声合唱の古典が宝の山なのに、女声合唱優勢で、その古典の演奏が少ないのだ。今の合唱界は「おかあさんコーラス」が主役になっているのが現状で、作曲家にとっても女声合唱は無視出来ない市場になっているのだ。

 女性の力は岩登りだけではないようだ。