べ−ム ウイーンフィル

土曜日  晴れ。

永井荷風が自分と同じ年にその日記「断腸亭日乗」に何を書いていたかを調べてみた。曰く「1月28日 午後浅草 アリゾナ」これだけだ。
アリゾナとは荷風行き付けの洋食や。荷風の日乗も、この頃はもう天候の羅列のみ。だが死の前日までそれを記して名を残した。
 荷風はこの1年後 自室で吐血して仆れているのを発見された。今なら ひとり暮らしの老人 変死 と片付けられるところだろう。

NHKが何を考えているのか、14時から思い出の演奏と称して1975年来日時のウイーンフィルのブラームス 第1交響曲の演奏を放映した。指揮はカールベーム。この演奏は屈指の名演奏と評価されているものだが、あらためて聴くとなるほど素晴らしい。ベームも矍鑠としているし、オーケストラのメンバーの風貌も今より貫禄がある。女性団員もいない。曲の運びは迫力充分で 音も輝かしい。最後のコーダの盛り上がりは流石、ナマで聴いた人は興奮して夜も眠れなかったに違いない。マーラーの後味とまるで違う。ブラームスとベートーベンの音楽は聴くと その音と響きがズシリと心に残る。その味に惹き付けられるのだ。

番組では、公演のリハーサル風景があり、これは珍しく、面白かった。吉田秀和が、ベームは完全主義者で、重箱の隅をつつくようなリハーサルは、団員にはさぞ面白くなかっただろう、だが、本番で聴くベームの音楽は、実におおらかで豊かなものだった と何かに書いていたのを思い出した。画面から受けるベームの風貌は いつも親しみのある好々爺だった。