小島政二郎 小説 永井荷風

木曜日  雨
やや寒し。おかげで、昼までストーブ点火。夕刻から風雨強くなる。


小島政二郎「小説 永井荷風」読了。1972年に書かれたものだが、永井家が今まで出版を許さなかったもの。小説というより、小島だから書けた個性的な評伝であり、一気に読ませる作品である。小島は若い頃から、アメリカから帰った荷風に、風格も文学も、それまでの日本の文士に見られぬ新しさを見出し、一通りならぬ敬愛の情を抱いていた。その荷風に直接教えを乞うべく、三田の文学部に入学する。ところが、憧れの荷風に全く相手にされず、そればかりか、荷風は早々に三田を辞めてしまう。教師が性にあわなかったのだ。以来、小島は荷風の作品は、私家版を含めてすべて目を通し、そこから、荷風でなくては書けぬ格調高い、反俗精神に裏打ちされた作品と、なぜこんなものを書いたのかと思わせる文学といえぬ好色的な作品があることを知り、それを具体的に明示する。また、荷風が人格的にも、いかに冷たいものだったかを、自分だけでなく、森鴎外とか小山内薫 或いは佐藤春夫などに対する仕打ちを例示して、荷風像を複眼的に描きだした。だが、本書を書く小島の心情の底には、消えることの無い荷風への憧れ、崇拝、が流れていることがよく読み取れるから、読後感は悪くない。むしろ、類書にない生き生きとした荷風論になっているというのが読後の印象である。
 著者の小島はこの原稿を書き上げ、ゲラ刷りまでしながら、永井家の反対で出版出来ず、(反対されるのも無理はない内容)1994年に死去してしまった。本書は、故人の作品を世に知らしめるべく、甥の稲積光夫氏の努力によって、一昨年出版に漕ぎ付けたることが出来たものである。鳥影社刊。